2009年10月10日土曜日

「生きるってことは異議を申し立てる気力を鈍らせるものだ」-サミュエル・ベケット『マロウンは死ぬ』


働き始めた当初あれだけ会社の教育方針に対して、中身ではなく外見・コミュニケーション能力を身に付けようという方針に対して、批判的であった、というのは、いやコミュニケーション能力なんてものは幻想で、何か言いたいことがあって初めてそれを相手に伝えようと相手に分かりやすく相手とコミュニケーションを取ろうという意思が生じるのであって中身なくして外殻だけまずは身につけさせようなんてそんな考えはおかしいだろう云々、しかし「生きて」いるうちに批判的であることもかつて自分が批判的でありえたことすらすっかり忘却してしまって今ではすっかり中身の空っぽのニコニコ顔の飼いならされた豚のようになってしまった、中身が空っぽというのはつまり、語るべき自分のことばを何一つ持っていないということです。

会社に行って、「立っているよりもすわっているほうが」「しあわせな気分」だからなのか、アホのように長時間、席に座っている。家に帰ったら「すわっているよ りも横になっているほうが、しあわせな気分」だからなのか、じきに横になる。もちろんお腹がすくのでごはんを食べて。ときには焼肉をおごってもらう。焼肉 はおいしいね。これらのことを「生きる」という。

「生きる」というのは「焼肉をご馳走してもらう」ということです、「生きる」、それはごはんを食 べ・排泄し・ずっと横たわり・ずっと横たわってられないので働き・働きつかれたので遊び・横になり・汚れたからだをしばらくぶりに拭く・それに性行為を し・これらが「生きる」ということです。

「生きているのは死ぬほどたいくつだ」といった主人公マロウン老人は、病床のベッドで横になりながらも「生きる」ことに最後まで抗い続けた。どう抗ったかというと彼は「自分とは似ても似つかない」鈍重なマックマンという名の人物についての物語をでっちあげる。
以下はマックマンの鈍重な行動を示した一場面である。

「どこにも雨宿りの場所がないあたりで雨に襲われたマックマンは、立ち止まって地面に寝そべり、こうひとり言をいった---こうしてからだを地面に押しつけておけば、その部分だけはぬれずにいるだろう、それにひきかえ立っていたらからだじゅうまんべんなくずぶぬれになる」
そうしてマックマンはその場にうつぶせになり、長く伸ばした両手で「まるで断崖絶壁にへばりついてるみたいに必死の力で」草の束をつかみ、こうしているうちに雨はじき止むだろうという「楽観的観測」の中で過ごし始めた。しかし雨に打たれること40分か45分してようやく、雨足がやわらがずに日暮れを向かえることを悟ったときに、彼は自分の判断を、つまり、雨が降ってきたとき、一本の木とか一軒のあばら家に出くわすことを期待してできるだけ急いで先へ進もうとせず、代わりにその場で地面に横たわっていた、自分の判断を責めたのだった。もっとも、責めたところでその先、彼は横たわったまま地面を転がるようにして移動を始めるのだが。

なぜ彼がその場で横たわって身体の一面だけ雨をしのごうと考えたかといえば、「立っているよりもすわっているほうが、またすわっているよりも横になっているほうが、しあわせな気分で、だからほんのちょっとでも口実があると彼はじきにすわったり横になったりする」からである。

そのため、「彼の人生の半分、四分の三、いや五分の四とまで言わないにしても、たっぷり半分は、石にも似た静止状態のうちに過ごされたに違いない、はじめはほんの表面上の静止状態だったのが、少しずつ浸透して、生命の中枢にかかわる部分は別としても、少なくとも感受性と理解力にまでおよんだのである。」

そのような感受性と理解力の静止状態のままにマックマンは、「生き」続け(=「この大地の上を行ったりきたりし続け」)、楽観的観測の中で雨が止む のを待つのと同じようにして何かが訪れるときを待ち続け、結局そのまま「死」が来るのを待ち続けることになるのだった。


以上のように、マックマンは意志を持たず「自分の行動を自分で支配できない」ままに「生きる」(=死を待つ)、愚図な人物として描かれている。そして、この人物とは「似ても似つかない」マロウンの日々は、「食事皿と溲瓶があれば事足りた」が、最後まで彼は「生きる」ことによるたいくつさに意志を持って抗い続けた、身体は横たわってなお感受性と理解力を欠くことなく、物語続けたのでした。



さて、今度は小うさぎ君の番だ。小うさぎはマックマンになりたいのかあるいはマロウンになりたいのか。マロウンだ。これははっきりして いる。「生きて」いるなんて何てたいくつでくだらない!しかしもはやマックマンになってしまったのだった。自分のことばは何も持たない、人生の5分の4は静止、そして感受性と理解力が静止状態のうちに「生きて」いる。

ファッキン愚兎!




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